清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2010年3月

« 2010年2月 | メイン | 2010年4月 »

2010.03.30

広島の健ちゃん

プロ野球「セ・リーグ」も3月26日に開幕しましたね。
今年は広島東洋カープの主砲、栗原健太選手を応援しますよ。
もちろん、自分が栗原選手がバッターボックスに立つときの
音楽を担当させてもらったということもそうですが、
それだけじゃなく、
やっぱり個人的に友人としてお付き合いのある方ですから、
思い入れも自然と強くなります。

開幕前の25日に「緊張してる?頑張ってね」みたいなメールをしたら、
「緊張はしているけど、絶好調!」というような返事が来ました。
わからない...もしかしたら「絶好調」と口では無条件に言うのが
4番の責任だと思って言ったのかもしれないけど(僕もそういうことがよくあるので)、
どちらにしても頼もしいので安心しました。

それにしても、栗原選手と友達になってからというもの、僕こそ絶好調です...。
だって、僕はピアニストじゃなかったら何に...?という質問に対して、
間違いなく野球選手と答えるし(他に医者とパイロットというのもあるけどね)、
実際に僕の人生でピアノを捨ててまで憧れた職業は「野球選手」しかありませんでした。

その憧れの野球界が、栗原選手のおかげでぐっと近くなりましたから、
こりゃもう最高に幸せですよ。
「今日のオープン戦は千葉マリンだったから、やっぱり内野フライのときの強風が嫌だった」
「三塁も慣れたし、やってみたら意外にいけちゃうと思ったけど、
 セイフティバントだけは厄介だね」

......。
はい。
もう、こういう話を聞くときの僕の瞳は、
きっと野球ボールの形をしているのではないのでしょうか。

さぁ、今日も広島は戦っています。
そうだ、今日は今期から新しくなった
広島のホームグラウンド『マツダスタジアム』での初戦じゃないか!
頼むぞ〜健ちゃん!
そういえば、僕「けんちゃん」ていう友人多いなぁ...。


IMG_1890.JPG

【広島東洋カープ栗原健太選手と某雑誌の撮影中...】

2010.03.29

ザッツ ライフ!!


『レクサスIS250』の一番心地よい乗り方は、40キロくらいの速度で走ることである。

スピードの出る車は遅いときの乗り心地が良くない場合があるのだけど、ISは違います。

ほんとに、だまされたと思って試してみて。


昼間からゆっくり湯船に浸かって、火照った体をISの革のシートに埋め込む。

そして、革の冷たい感触と高級な匂いを楽しむ。

上質なウィスキーを飲むみたいに。

それからゆっくりと昼下がりの一般道を走る。

駅前まで数分運転して、いつもの駐車場に停め、そのままコーヒーを飲みにスタバへ。

ブラックコーヒーはまだこの寒さじゃ外で飲むとすぐに冷めてしまうので、

本を読むよりコーヒーを飲む方が優先だ。


行きと帰りの天候が違うとより良い。

行きは曇り、帰りは雨。

行きは雨、帰りは太陽。

素晴らしい。実によろしい。

人々は今日も生きている...そう感じながら、道行く人を横目に40キロの法定速度を守る。

信号のない横断歩道で人がいればもちろん停まる。

そうやってドライブしていると、

法定速度と信号のない横断歩道のルールを守っている「他車」は殆どいないことに気付く。

だから、僕の車の「後続車」は増え続ける。

ちょっと悪いなと思いながらも、

「あぁ、みんな急いでるんだなあ」と優越感も感じます。正直。

性格悪くてごめんなさいね。


ある交差点があり、大抵はみんなそこを真っ直ぐ行く。

でも、僕はそこで右にそれる。

はぁスッキリ。

これで「後続車」を気にせず、また30キロや40キロに。

右手には公園がみえる。

子供がお父さんとキャッチボールしている。

お父さんは子供にスピードの速いボールの投げ方を教えているようだ。

気付けば、車内のスピーカーではシナトラがオンステージを始めた。

「カム フライ ウィズミー」や「ナッシング バット ザ ベスト」を歌っている。

最高のひとときだ。

疲れている時のシナトラは苦手なのだけどね。


ということで、みなさんも美しいひとときをお過ごしください。

そうそう、昨夜(3月28日の深夜)新しく開通した高速道路(中央環状線)を早速ひとっぱしりしてきました。

道好きにはたまらないひとときだった。

明るくて広くて、でも決して無駄に媚びない「トンネル高速」は、

これからの東京を象徴しているようで良かったー。

美しい、美しい、あぁ美しい我が人生。

ショパンもあれば地下高速もある。

ブラックコーヒーの湯気、国際フォーラムの舞台袖、サイン会の後のホールの寂しさ...

なんて美しいひとときが僕の人生にはあるのだろう。       

.............................................「That's Life!」





IMG_1824.JPG
「ピアノが上手くなりたいなら、悲しいときに笑え!」
そんな言葉を僕はどこで聞いたか忘れたけど覚えてる。
写真はユニット『ナナムジカ』で有名なお二人と
幼なじみで素晴らしい音楽家の『吉田翔平』のアホバージョンの写真。
深夜に突然お邪魔しても引きつった笑顔でいつも歓迎してくれます。
HAHAHA!  僕を幼なじみに持ってしまったのが運の尽きだぜ吉田!

2010.03.24

粋な計らい

IMG_1837.JPG


古い友人から電話があった。
僕は声だけではそれが誰だか判断できなかった。
その声は甲高く僕の耳の奥を突き刺し、
首を絞められた鴨が苦し紛れにこぼしている鳴き声のようだった。

力んでいる、気張っている、気負っている、そんな状況が伝わってきた。
たった「もしもし」という一言だけで。

案の定、その電話の内容はとても辛い内容だった。
本人はとても明るく、楽しそうに話しているのだけれど、
僕には友人が本当は苦しんでいるのがわかった。
僕はひと通り話を聞いてから言った。
「社会性や他人の目は気になることだと思うけど、
 僕も最近気付いたんだよ、
 人生の中で一番苦しいのは、本当の自分を忘れてしまうことだと」

電話相手は絶句していた。
長い休符のように、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」の再現部に行くための
あの一瞬全てが凍りついたかのような時間のように。
その後、友人も昔通りの声に戻った。
あの、手首に力の入ったノクターンの音のような声はもう聞こえなかった。

僕は眠れない。
夜が怖いんじゃない。
自分を取り戻すのに時間がかかるのだ。
ピアニストというのは、今どうやって自分が見えているのかを仕事中いつも気にしなくてはならない。
音を出すときはもちろん、どんな音に聴こえているのかを考えなくてはならない。
僕はかなり自然体でやっているつもりだけど、
それでもやっぱり「よそ行き」の自分をある程度は作らなくてはならない。
まぁ、人前に出るのだもの、そりゃ当然ですわね。
だから、一日仕事が続くと、危うく自分が誰だかわからなくなることがある。
それで僕は眠れないのだ。

朝起きると、外は雨だった。
今日は外に行く予定はない。
こういうときの家の屋根や壁に当たる雨の音は心地よい。
何故だかわからないけど、とても素直な声に感じる。
「今日は家にいれるんだねーよかったねーねーねー遊ぼうよー」
僕は目を瞑る。
部屋の角に行って、膝を抱えて背を丸める。
そして想像する。
僕は僕の視点を外れて俯瞰にある視点にカメラを切り替える。
俯瞰カメラは僕のことを映し出している。
そしてゆっくりと上に上がっていく。
家の天井を越え、今度は家の屋上を映し出す。
それでも上昇をやめない。
やがて僕の家も小指の爪ほどに小さくなる。
ここは雨と雲の領域だ。
やがて俯瞰カメラは雲に包まれ、真っ白なものしか映し出さなくなる。

それから暫くすると、僕は僕の視点に戻ってくる。
これで僕は、今日も僕として生きていられる。
こんな日に、こんな時に薄暗い雲、そして優しい雨。

あなたは最近泣きましたか?

神様は、いつも粋な計らいをする。
渋滞した首都高、遙か向こうに見える八王子の山々のシルエットに、
真っ赤になって落ちていく、大きな頼もしい夕日。
それはあたかも神様が僕たちに「泣きなさい」と言ってくれているかのよう。
そうは思いませんか?

2010.03.22

ギンザ めざましクラシックス

IMG_1895.JPG

【真っ赤な僕は酔っぱらっています。軽部さんも高嶋さんもウーロンティ。
 昔は赤くなるのが恥ずかしかったのだけど、今は何ともないや。
 ちなみに、僕のシャツはピンクです。僕が赤すぎて白くみえます。
 また「めざクラ」に出れたらいいなぁ。
 軽部さんは「今後は準レギュラーで」と仰ってくれたけれど、ほんとかなぁ...】


    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪   


3月19日(金)銀座王子ホールで開催された
『ギンザ めざましクラシックス Vol.51 〜生誕200年目のI like Chopin』に出演してきました。
スペシャルゲストとして「平原綾香」さんと「藤澤ノリマサ」さんも出演されました。

さて、大人気の美人ヴァイオリニスト(毒舌)であり、
僕の母校「桐朋」の先輩様でもある「高嶋ちさ子」さんと、
クラシック好きで有名なフジテレビアナウンサー「軽部真一」さんとは、
もう既に何度かお会いしているのですが、
お会いする時は必ず酒席だったので、いつも僕は酔っぱらっていたし、
仕事でお会いするのは今回が初めてだったので、
やっと僕のピアニストとしての姿をお披露目することが出来ました。

アンコールでは、今野均さん(ヴァイオリン)島岡智子さん(ヴィオラ)
江口心一さん(チェロ)とも協演(今野さんアレンジの革命のエチュード)出来ましたし、
ピアノの安宅薫先生ともお初にお目にかかれましたし、
普段1人で活動することの多い僕には貴重な思い出となりました。

それにしても、個人的に最近ギンザ率が高い。
王子ホールというのもピンポイントだったしね。
昨年10月に開催した『週刊 清塚信也(5週連続コンサート)』から
何だか流れがギンザに向いています。
だからなんだということではありませんが...。

では。オチなしということで...。
みなさんごきげんよう。

2010.03.17

龍馬伝!!

IMG_1829.JPG
【佐藤直紀さんとNHKスタジオにて】


   ♪     ♪     ♪     ♪     ♪


九州や四国に行くと、その歴史の深さと根強さに感銘します。
コンサートに地方を訪れると、地元の方々に接待してもらえることが多くて、
とても興味深い体験をすることがあります。

「清塚さん、ここのお店に龍馬がつけたと言われる刀傷があるんですよ」
「清塚さん、ここでその昔『薩軍』が戦って多くの死者を出したから
 夜は近づかない方がいいですよ」なんて。

そういうことを聞くと、とてもロマンを感じます。
更に、クラシックの歴史と照らし合わせたりするとまた面白い。
龍馬ももう少し長生きしたら、
もしかしたらショパンの音楽が聴けたかもしれないなーとか、そういう感じで。

僕は学校にあんまりちゃんと行ってないから、
歴史とかそれほどちゃんとは知らなかったけれど、
クラシックをしっかりと勉強しようと思ってからは
嫌でも歴史がついてまわるので、自ずと興味を持ちました。

そして今回...。
ついに僕のピアノが「龍馬」と出会うことに。

NHK大河ドラマ「龍馬伝」の本編直後の番組「龍馬紀行」で、
僕のピアノ演奏がON AIRされることになりました。
ということで、今とても感激してます。
4月4日(日)からの「龍馬伝/シーズン2」で流れることになっているので、
是非聴いてみて下さい。

今回、僕がピアノで弾かせてもらった曲は、
「龍馬伝」の音楽を担当なさっている作曲家「佐藤直紀」さんの曲で、
ドラマ本編でもメインテーマとして使用されている曲なのですが、
最初この音源をはじめて聴かせて貰った時、音源がオーケストラバージョンだったので、
「どうやってこの曲をピアノで魅力的に弾くか...」と悩みましたが、
楽譜が上がってきて、今回の録音の成功を確信しました。
オーケストラの感じをそのままピアノで表現する...というのであれば
「ちょっと無理があるかな」とも思っていましたが、そうではなく、
ピアノの良さや魅力を充分に出せるアレンジになっていたので安心しました。

録音は勿論「NHKのスタジオ」で行ったのですが、
今回初めてご一緒させていただいた佐藤直紀さんはとても気持ちの良い方でした。
とても高いセンスと美的感覚をお持ちの方で、録音も順調に進みました。
多分現場にいなきゃ解らないことだとは思いますが、録音現場って本当にシビアなのです。
特にソロを録るときは...。
でも、だからといって見え透いた「アゲ方」をされると、
逆に僕が「本心」を探ってしまい、気を遣ってしまうのですが、
佐藤さんは音楽的アドバイスだけでなく、
そういった現場の空気感まで「気持ちの良い」ようにしてくれたので本当に助かりました。

今回の「龍馬伝紀行/ピアノバージョン」...細かいことを言うと、
「左手の強弱の大胆さ」と「右手のロマンティックな音色」を聴いて欲しいと思っています。
5月発売予定のCD「龍馬伝・サウンドトラック」では、
TVではON AIRされない「ロングバージョン」が収録される予定なので、
そちらでは部分部分の音色やコントラストの違いを感じて欲しいと思います。
是非、聴いてみて下さい。

今後この「龍馬伝」の曲をコンサートのアンコールなどで弾く機会も出てくるかと思うし、
今回はこの企画に参加できて、本当に良かった...。

佐藤さん、またどこかでお会いできるのを心より楽しみにしています♪

2010.03.11

きになった

red.png

【僕はぼーとしていると、全くどこから来たのだろうかと自分でも驚くほど、その時
 の生活と関連性のない記憶や考えがじょごじょごと沸いてきます。どうしてだろう..】


   ☆    ☆    ☆    ☆


人には「意識的に好きな色」と「無意識的(潜在的)に好きな色」とあるらしい。
僕は意識的にはグレーが好きなんだけど、
車が赤(エンジ色っぽい)だし、
その他にも赤いベルトを持っていたり、野球のグローブが赤だったりするので、
もしかしたら「潜在的に赤が好き」なのかもしれない。
カラーセラピストをやっている人からは
「赤のオーラに金の縁があります」と言われた。
(金が入っているのはかなり良いらしいけど僕にはイマイチぴんとこない)

と、まぁ、そんなことを
朝起きてからお風呂に浸かりながら考えていたら「赤」という色が気になってきた。

真っ赤な嘘、赤っ恥、赤の他人...
そういえば、赤っていろんな言い回しに出てくるなぁ。
うーん気になる。

ということで調べると「赤」は「明るい」という語源を持つ...ということがまずは判明。
また、赤には「何もない」という意味合いもあるそう。
しかし、ここまで調べて、これ以上集中力を使うのがもったいなくて
(何せ、朝一番だったのでこれから仕事がたんまり待っていると思うとちょっとね)、
なんとなく想像力で勝手に結論づけました。
でもやっぱり釈然としないので、また時間のあるときにちゃんと調べようかと思います。
知ってる人がいたら教えてくれても勿論OKです。

その後、昼過ぎに「ニューヨーク・ニューヨーク」(1977年作品)という映画を観ていたら、
その映画の「スコセッシ監督」の名前が妙に気になった...。
最近観た何かの映画で、この監督の作品があったなぁ。
これは簡単にわかりました。
「ディパーテッド」と「アビエイター」。
それにしても、僕が生まれる前にヒット作を出して、
未だにヒットを出し続けているスコセッシ監督...すごいなぁ。

ということで、今日気になったことでした。
明日は何が気になるかなぁ...。

2010.03.09

こんな夢をみた

shibushi.png

【これは鹿児島の志布志の国道です。道はどこまでも続いているのだなあ。
 遙か遠くの道に立つと、細かいことは気にしないようにしようと思える】


   ♪    ♪    ♪    ♪    


僕は誰かに追いかけられている。
朝方のトンネルの中、朝日が少しトンネルの出口を照らしている。
しかし、いつまで走ってもその出口に辿り着くことはない。
僕の足は疲労の限界を迎え、やがて走るのを止める。
僕は誰かに捕まる。
そして、ボコボコに殴られる。
痛いのは最初のうちだけだ。
何度も殴られているうちに、全身の痛みが麻痺していく。
地面に打ち付けられ、後頭部を強く打ち、
また起こされて殴られては同じことを繰り返す。
そのうち鼻血やら口の中から流れ出る血やらの感触だけが感じられるようになる。
それはすごく不思議な感覚だった。
視覚もぼやけてきて、血とアンモニアみたいな匂いが鼻を刺激する。

いつの間にか僕は追っ手を逃れてまた走っている。
走るということで傷口が回復していく。
切られて血がどぼどぼと出てきていたところも、
走れば走るほど傷口が塞がっていく。
すごく気持ちよかった。
その感覚は、何かを成し遂げた達成感と似ていた。
僕は何も考えずに走った。
走って走って走りまくった。
そうしたら、いつの間にか砂漠にいた。

どれだけ見渡しても砂と岩。
ときより聞いたことのない鳥の声が「ひょろろろー」と聞こえる。
僕はその灼熱の温度をとても心地よく感じる。
あまりの心地よさに、僕は、なんて暖かいのだろうと思わず呟く。
それはまるで母胎に戻ってきたかのようだった。
暖かさと心地よさを感じると、僕の身体を疲労というウィルスが蝕み始めた。
それは、足の先からじわじわと僕の脳に向かっていく。
寄生虫が体中を這っていく感じがした。
僕は倒れた。
砂は僕の身体を優しく迎えてくれた。
僕は自分が死ぬことを知った。
死ぬってことは、砂漠のど真ん中で砂に優しく包まれていくことなんだとわかった。
まるで家に帰ってきたようだった。
それは限りなく美しかった。
何がかはよくわからないけど、全てが、総合的に、美しかった。
人生とは、なんて孤独なんだろう。
人生とは、なんて砂漠的なんだろう。
そして、人生の最期とは、なんて美しいのだろう...。 

2010.03.04

その一瞬

1797.png
【ふとしたときに人生のリアルはやってくる。
       そう、それは車で踏み切り待ちをしてる時のように、
                  ふとした何でもない時間だったりする...】


     ♪     ♪     ♪     ♪   


それは、手にしたと思っていたら、いつの間にか無くなっている感覚。
子供の頃、雨上がりの道路の上にいくつもある水たまりが、
雲の間からやっと出てきた太陽の初々しい光線を反射させているのがあまりにもきれいで、
それをお母さんに持って帰ってあげたくて、
両手の拳の中いっぱいに掴んでから全速力で走って家に帰った。
でも、もちろん手の中に水はない。
残ったのは、雨の日特有の水くさい匂いと泥だけだった。
その時の感覚が甦る。

確かに、掴んだはずだったのに。

僕は時々、考えに考え抜いて、
それでも答えが出ないので、もう答えを出すのを諦めた時に、
「何が生きるということなのか」の答えが出たような感覚になる。
それは一瞬の出来事だ。
確かにその瞬間、僕は「そうだ、これが生きるってことだ」って強く思えるのだけど、
すぐ次の瞬間にはもう忘れている。

はて、なんのことだったかのう。

そんな感じで、僕は遠い昔の思い出かのように、その一瞬を慈しむ。
きっと答えは僕の中に眠っている。
そして、その答えは、自分に背いている時には出ないのだと思う。
自分に正直になること、それが一番大切なことだと思う。
でも、本音だけでは生きていけない社会が存在する。
特に日本にはその傾向が強くあると思う。
普段はいい顔してても、ネット掲示板などの匿名性があるところでは強気になれる人とか、
決して悪いことではないと思うけど、
それで人を傷つける事を言うのはとても不健康なことだと思う。
匿名性の裏に隠れた「空虚」からは絶対に逃れられない。
そんな社会の一番のリスクが「自分を忘れる」ということだと思う。
匿名という怪物に喰われるのが怖いから、自分を殺した意見を言う。
そのことで、自分の中に生きている「真実の自分」がまたひとり死んでしまうことは、
本当に怖いことだと思う。

つい最近。
普段とても信念の強い人が「ネットに書かれたことで傷ついた」といってすごく取り乱していた。
僕には正直ネットで書かれたくらいで取り乱すという感覚は1%も理解出来ないのだが、
多分その人も「匿名性」という怪物にやられたのだと思う。
確かに、匿名性はすごく恐ろしいものだと僕も思う。
でも、人生にはそれを打ち消してあまりあるほどの「感動」もあると思う。
それはたった「一瞬」のことかもしれないけど、
確かに自分が生きている価値を教えてくれるものだ。
そう、僕が子供の頃掴んだはずの雨水のように、
気がつくと無くなってしまっているようなものかもしれないけれど、
それは絶対的に人生の価値を上げるものになる。

その「一瞬」を掴む努力をするために生きるのかもしれない。

だから、一瞬を掴むために一歩ずつ前へ進むことが、未来の自分のためなんだと思う。
世の中には、それほど深く悩まないで生きていける人もいる。
でも、深く考えて悩んで不安を抱きつつしか歩けない人もいる。
色んな人がいていい。

そうだ、色んな人がいていい。

匿名性という、いささか「卑怯」な発言権を選ぶ人もいていい。
それに悩まされる人もいていい(ほんとはいない方がいいけど仕方ない)。
関係ないじゃないか。
人生は自分のものなんだから。
関係ないじゃないか...。

未だに、僕は時々あの時の手のひらを思い出す。
きらきらした宝石のような雨水が入っているのだと期待して開いてみると、
そこには雨の匂いと泥しかない。
でも、多分、その手のひらを見て僕は笑ってたと思う。
周りにいる人も、笑ってたと、思う。
その一瞬は、掛け替えのない人生だと、僕は胸を張って言える。