清塚信也 OFFICIAL BLOG

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2012.04.17

死ぬ程ダサイ

僕は子供の頃いじめられっこだった。
どんないじめにも「主犯」がいる。
そいつは殆ど人間とは思えないような残酷な事を平気でやれる。

ある日、母親同士が仲良しで(僕がそいつにいじめられてる事は親同士知らない)、
そいつの家にたまたま遊びに行った。
親同士が楽しく話すために僕はそいつの部屋に二人きりにさせられた。
しかし、その時のそいつの対応が実に興味深かった。
「普段、いじめなんか何も無かったかのように」、
僕に新しいゲームをやらせてくれたり、
おいしいポテチなんかを一緒に頬張る。
個人として相手をすると、普段どんなに凶悪に見えるやつでも、
とっても親切なんだという事がわかった。
しかも、親同士が仲良しだという共通点を持っていると、
仲間意識さえ感じてくれてるらしい。

いじめの原因、その責任、元凶はどこにあるんだろ。
誰が悪いの?
勿論、虐めるヤツだと思ってた。
でも、性善説じゃないけど、人は生まれながらにして悪者じゃない。
個人として悪い人なんて今まで会った事ない。

それじゃあ残るは一つだ。
「団体」「群れ」としての人間の性質だ。
きっと群れには人の心を狭くさせる勇気がある。
これは気をつけなきゃならない。
何より、無意識だからだ。
無意識に人に残酷な事が出来る集団心理。
これを知らずにやってしまうと後々一人に戻った時に何かを失っている。
もしくは、誰かの何かを著しく損害している。

集団になればなるほど(多人数になればなるほど)、
人は「責任の所在」を明かさないでいられる。
これが更に自らの言動の重大さを感じさせない麻薬効果となっている。
それも含めて、集団になり群れるという事は人にとって快感を及ばせる。

ひとこと。
集団だろうが孤独だろうが、自分を見失うヤツは死ぬ程ダサイ。

2012.04.16

競争

小学生の頃、昼休みに「クラス選抜」として
クラスでサッカーのうまいヤツが選出されて
1組2組と対抗で遊んでた事があった。
クラスの中にはサッカーに全然興味ないやつもいたけど、
ほとんどがこの「選抜」に選ばれたくて必死になった。
普通にサッカーの腕を磨く(足を磨く?)やつもいれば、
選出する権利を持ってるサッカーの上手い人気者に媚びるやつもいた。
僕は、と言えばだ。
必死になって「キーパー」の技術を磨いた。
来る日も来る日もキーパーの練習をして何とか選出されようとした。
でも、今から思うと、あの日々は全く幸せじゃなかった。
キーパーは嫌いじゃなかったけど、
僕がキーパーをやろうと思ったのは、
誰もが「いやがる」人気のないポジションだったからだ。
これなら僕でも...と思ったわけだ。
今となっては何だか暗い子供時代のように感じるけど、
当時はそれなりに楽しんでたところもあったのだろうか?
もう覚えてないな。

今ごろこういう事を考えているのは、
子供にとって「競争」とはプラスになるだろうか?という疑問があるからだ。
皆さんのご意見、お待ちしてます。
ツイッターでもなんでも。

僕は競争に関してはトラウマコンプレックスです。
コンクールのせいだ。
あの、家畜になったかのような思い、二度としたくない。
審査員とかいって、何エラそうにしてんだよって何度も思った。
何より、そういう場に無理矢理にでも出す、
いや、もう出る事が当たり前みたいになってる大人がむかついた。
子供の人生をなんだと思ってんだって子供ながらに思った。w
でも、確かにあの競争社会を生き抜いたからこそ
出来るようになったこともある様な気もしないでもない。
何が嫌だったって、それでも大人に媚びようとする自分ね。
やっぱり子供は子供でどんなに嫌でも親に好かれたい褒められたいって思うんだよね。
親はそれを知ってか知らずか子供にどんどん前進を要求する。

→物心ついた時から競争
→自尊心がなくなり始める 
→周りの大人に媚びてでも競争し続ける
→だんだん虚しくなる
→逃げ出すために国外逃亡(留学)
→自分探し
→ピアノほぼやめた状態
→巡り巡ってやっぱりピアノ好きかも
→自分のためにピアノ弾こう
→だんだん虚しく...
→自分だけじゃなく、大切な人や元気なくした人のために頑張ってみよう
→僕はピアニストと自覚 ← いまここ

てな感じ。

競争かー。
うーーむ。
結婚して子供の事を沢山考えている今日この頃です。

2011.09.06

合わせもの1

松本蘭ちゃんとの北海道旭川コンサート、
スーパートリオ3℃のオペラシティコンサートと、
僕としては、結構「合わせもの」が続いた今日このごろ。

蘭ちゃんにしても、3℃のメンバー(石田さん、金子さん)にしても、とてもドライな人たちだ。
彼らには熱い音楽魂と温かい人情みたいなものがあるけど、
人付き合いに関して、少なくとも僕との付き合いに関しては、とてもドライだ。
まぁ、そうじゃなきゃやっていけないから、僕としてはとても助かる。

蘭ちゃんは、高嶋ちさ子さんの申し子だけあって、思った事をズバズバ言う。
気持ちいい。
僕も思った事は言う方なので、
リハーサルではいつも口論まがいの激しい会話が繰り広げられている。

松本「ねえ清塚くん、最近痩せた?」
清塚「そうかなー」
松本「うん、そう」
清塚「そんな事もないよ」
松本「いや、ガリガリだよ」
清塚「ガリガリって嫌な響きだな。自分こそガリガリだよ」
松本「私ガリガリじゃないし」

と、こんな感じで、至って普通の会話のはずが、大体最後は両者けんか腰になります。
しかも、この会話はリハーサルだけで終わりません。
本番の舞台でも、僕らは至って自然。
このままの会話でトークします。

松本「ちょっとさ、前半長いよ」
清塚「ごめんごめん、盛り上がっちゃって」
松本「あー待ちくたびれた」
清塚「これからばっちり目立つから大丈夫」
松本「みなさん聴いて下さいよ、清塚さんは初めて伴奏してもらったとき、私にこう言ったんですよ。
   『僕、人に合わせたりするピアニストじゃないから、僕に合わせてね』って。酷くないですか!」
清塚「あーまたそういう事いう?」

と、まあこれが本番でのトークです。
気づけば、いつも客席からは笑いの合唱が聴こえてきます。
高嶋ちさ子さんが聴きにきてくれた時も、
「あんた達その夫婦漫才みたいなの、いいよ。続けていきなよ」と褒められ(?)ました。
肝心の二人の音楽については感想を言ってもらえませんでした。

でも、蘭ちゃんの音楽、ほんとに良いので、
是非僕らのステージ、お近くで開催されるときは聴きにきてみて下さい。
こんなトークしながら「アヴェマリア」とか「タイスの瞑想曲」とか弾きます。
そのギャップにやられますよ。

さて、次の回は3℃の事でも書くかな。
皆さん良き日を。

P.S 
マウスの脳や胎児を「透明化」出来る薬が開発されたらしいですね。
僕は人生に一度は透明人間になってみたいです。
あ、でも悪い事は考えてないからね。