沖縄にて (清塚信也 OFFICIAL BLOG)

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2011.01.28

沖縄にて

ピアノさえそばにあれば、僕は大丈夫。
お客からブーイングされてもクレームつけられても、
誰かから陰口言われたってまったく動じない。
だって、僕はそれ以上何も出来ないんだ、
何言われてもやるしかないでしょうに。

そういう、背水の陣の時に出てくるあの不思議な強気が、
ピアノがそばにあるだけで僕には湧いてくる。
ステージは大体短くて1時間、長くて2時間半くらいかな。
前半は、やっと自分を表現出来たという安心感に浸って、
じっくりと鍵盤ひとつひとつと会話するように弾く。
僕と鍵盤が楽しく話し始めると、お客さんもそこに入ってきてくれる。
それで、後半になって気づけば、とても多くの人と僕は話が出来ている。
僕は有頂天になる。
もしかしたら、僕は社会の中に入って行けるかもしれない。
最後はもう何も覚えてないくらい熱くなる。
それで、自分の力以上のものを出して、
話に参加してくれる人すべてと渡り合おうとする。
その時、僕は幸福ではなく、もはや快楽を味わっている。
本当に、死んでもいいとさえ思う。
いや、もしかしたら、どうせいつか死ぬなら、
今、この絶頂の時に死にたいとさえ思う。

でも、必ず終わりはやってくる。
全てのメロディに終わりがあるように。
僕はまた独りになる。
ピアノは、もう何も語ってくれない。
ロビーでのサイン会が終わってステージ上のピアノを見に来ると、
もうピアノはただの置物になっている。
引っ越し屋さんかなにかのように、
スタッフがそれにカバーをかけてどこかへ引きずっていく。
まるで、棺桶のようだと僕は思う。
僕は今まで誰と会話していたのだろう?
あの、巨大な棺桶と語り合っていたのだろうか。
所詮、僕の感じていた快楽は、
マッチ売りの少女がみた夢物語のようなものなのだろうか。
僕の思考は凍結していく。
誰かにスイッチを抜かれた機械のように、ぱたりと、その働きを止める。

僕は、沖縄の街を歩いた。
雨が降り、少し霧がかっている。
カップル、海外からの旅行者、米軍、色々な人が歩いている。
僕はどこに向かっているのだろう?
目的地はない。
でも、歩みは止まらない。
歩く理由もなければ、止まる理由もない。
マクドナルドやコンビニの数を数えたり、
時々目の中に入ろうとする雨粒に驚いたり。
途中、何かを携帯電話の相手に叫んでいるサラリーマン風の男がいた。
「わかっちゃいるけどやめられない、わかっちゃいるけどやめられない...」
ずっとそれを繰り返していた。
僕は少し笑った。
でも、心から面白いと思ってなんかいない。
僕の心は孤独に支配されている。
そして、僕は気づく。
僕はやっぱり社会に入っていたわけじゃないのだと。
そして、ピアノをそばに置いた僕は、本当の僕ではないのだと。
全てが夢だったかのように、記憶が残像でしか浮かんでこない。
さっきまで、あんなにリアルにピアノを弾いていたのに、
僕にはその記憶が殆ど不鮮明にしか、断片的にしか浮かんでこない。
何だったんだろう、一体僕は誰なんだろう。

雨の沖縄を、抜け殻の僕が歩く。
涙は出ない。
しかし、心の中で涙が溢れているのがわかる。
僕は目を瞑る。
暫くして、ゆっくりと目を開ける。
呼吸をする。
肩から力を抜く。
また、ゆっくりと目を瞑る。
そして自分の体内にある暗い海をみつける。
暗い海に反射する孤独な月をみつける。
僕は崖の上にたった一人で立っている。
誰も助けてくれない事を知っている。
そして、もう一つ重要な事を知っている。
僕は、とても幸せだ。